早期教育を効果的にするには? ~関係財という視点に着目して~ 

経済学と経済教育

間もなく秋がやってきます。令和元年の秋といえば、消費税増税の裏でいわゆる「幼児教育無償化」がスタートしますね。これによって浮いたお金を習い事に回そうと考える世帯もあろうかと思います。

「せっかく浮いたお金だ。かわいいわが子の成長を願って早期教育をさせようか」と。

他方、そう思いつつも、年齢相応よりも早い教育をすることの是非が分からず躊躇してしまう方もいらっしゃると思います。

本記事では、早期教育の定義から効果的に早期教育を行うために必要な観点を、経済学の最新研究の見解から導いてご紹介します

bethLによるPixabayからの画像

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早期教育とは?

早期教育の意味を事典で確認してみましょう。

世界百科大事典第2版には次のように挙げられています。

教育の始期として常識的に考えられている年齢よりも早期に教育を開始することにより,教育効果を高めようとする試み。早教育ともいい、英才教育、才能教育とほぼ同義に使われることもある

百科事典マイペディアは次のようになっていますね。

ある年齢にあった学習内容とされているものを、それ以前の児童により早く学習させて教育効果を高めようとする教育法。早教育とも。また英才教育と同義に使われることもある

まぁ、早期教育とは、本来習うであろう時期より前倒して始めることで、習う子どもにとって効果的な成果を収めさせようというもの、であることが分かります。ちなみに、2つの事典の文言は、コトバンクから引用しています(https://kotobank.jp/)。

早期教育の種類

次に、早期教育としてよく行われているものを確認しましょう。次の3つに大別されます。

超早期教育

これは、大脳などに刺激を与えるような活動を通じて行う胎児や乳児の教育を特徴としています。ソニーの創業者、井深大氏が、1969年に財団法人幼児開発協会を設立して胎児や新生児の持つ高い潜在的能力に注目したことが嚆矢とされています。

就学前教育

学校教育を受ける前に、学校で習うであろう文字の読み書き、計算、外国語などの教育を習わせることを指します。「早期教育」と聞いた時の中心ですね。

特に、英語を早期に行うことで、将来の得意科目になってくれればという教育は大人気です。

それから、特定の「芸術・体育教育」を早期に開始することも、就学前ならここの教育カテゴリーに入るでしょう。この分野を習得させたい理由は「臨界期」を意識したものといえます。たとえば、音楽教育を幼児期に受けさせることで音感などを育てることは、この時期に学ばせないと可能性が閉ざされてしまうと考えて行うということです。

小学校以降での早期教育

これは、「1~2年先取りして学習」する進学塾などに顕著です。進学塾ではなくても、たとえば公文式など自身のペースで学習教材を進められる形態の教育機関を利用していれば、自然と行われているものと言えます。その意味では、あまり早期教育の意識なく、当人が退屈しないレベルの教育を受けているものといえるでしょう。

早期教育への心配事

本記事では、以下、早期教育の中心である「就学前教育」を念頭に話を進めます。

さて、以上解説してきた早期教育ですが、興味をもって少しでもインターネットで情報収集してみればお分かりになりますが、デメリットを示唆する内容が散見されます。その内容は次の3点に大別されます。

  1. 教育の受け手である子どもに本当に効果があるのか
  2. 効果が怪しいだけでなく悪影響ではないのか
  3. 保護者が安心したいに過ぎないのではないか

順に少し解説を加えていきましょう。

1.は、たとえば右脳教育を謳う教育機関が多いが科学的根拠が乏しいという指摘や、一つの言語を覚えて思考力など脳の総合的な発達を促す時期に二言語が混ざり混乱するという内容、あるいは障がい児向けに効果があっただけの療法を「健常児」に用いているが効果は保障されていない、などなど批判される内容は多岐に渡ります。

これらの主張の共通点は、科学的に効果があると言えない(あるいは、有害なのでは)という指摘がなされているということです

*①の立場と言える参考資料と注釈

1)経済協力開発機構『脳の理解:教育科学の誕生(Understanding the Brain: The Birth of a Learning Science)』には、脳についての迷信として「神経神話」の一つに、「論理的な左脳」と「創造的な右脳」という観念をあげている。ここでいう「神話」とは、根拠なく信じられているということである。

2)内藤伸子『子育てに「もう遅い」はありません』成美堂出版(2008)には、言語習得の話が解説されている。

 

2.は、下手に早期教育を習うことがもたらす負の面への着目です。

たとえば保護者への期待に過剰に応えようする子どもになるなどの人格的な発達面に対してや、早期教育で特定の部分を延ばすと統合的な発達を妨げてしまう、というものに代表されます。

ここには、遺伝的にプログラムされた発達を無理やり歪めてしまうのは危険との見方が根底にあります。子どもの心身の総合的な発達に照らし悪影響を指摘しているのです。

3.は、少子化と情報化がかけ合わさり、育て方に悩む一方で、様々な子育て方法があることで混乱し、結局周りに流されたり、「声の大きい」(=喧伝されている)習い事をしたりすることで、保護者たる親が「安心」しようとしているのではないかという指摘です。

民間企業にとっては、この分野に進出でき潤うので理想的です。東京大学(当時)の汐見稔幸氏は、中央教育審議会という国の教育方針を決める会議で、「親の自信喪失」と「企業戦略」という言葉で同趣旨を述べています。

つまり、早期教育が必要だと「思わされている」に過ぎないという立場が③です。

*②と③の立場は以下が参考資料となるでしょう。

・1998年 中央教育審議会 心の教育に関する小委員会 第11回『早期教育の現状と問題点』

・1997年6月23日教育課程審議会 第17回の資料

早期教育は非認知能力に効果がある!

ここまでお読みいただいた方の中には、早期教育は効果の根拠乏しく、そればかりか心身の悪影響を生じさせますから止めておこうと結論しがちです。しかし、最近、日本でも紹介されているアメリカの経済学研究(それが書かれているのが『幼児教育の経済学』です)に基づくと、そのような結論はやや早合点かもしれません

というのも、やはり早期教育は効果が大きいからです。

詳しい記述は『幼児教育の経済学』に譲りますが、本記事に関係ある主張を押さえますと、次の3点となります。

第一に、ノーベル経済学賞を受賞しているヘックマン教授らの研究によると「質の高い就学前教育」は、就学後の手厚い教育よりも教育の投資効果が高い(つまり、早期教育を行ったほうが良いといえるということです。

第二に、投資効果が高いとは、将来の学歴や年収、健康などいわゆる「社会的成功」に関係する点において、良いパフォーマンスが見られていることを意味します。

第三に、習った内容(学力的なもの)は就学後に習う子とすぐに差がなくなるものの、非認知能力(社会性がある、意欲がある、忍耐強いなど)が磨かれていたために、将来的なパフォーマンスに貢献しているとしました。

つまり、早期教育は、子どもの非認知能力形成に貢献し、大人になった時の「社会的成功」に大きな貢献をするのです。

逆に、私たちは、早期教育の効用を、習ったことが実際できるし、習っていない子より長い期間アドバンテージを保てるのだという理解ではいけないようです。そうではなく、習い事を通じ、いわゆる子どもに「社会的成功」に必要な人としての「生きる力」のようなものを育むつもりでいることが必要と言えます。

ところで、ヘックマン教授らの研究は「ペリー幼稚園プログラム」を受けた子どもと、そうでない子どもの何十年にも渡る追跡調査により明らかにされました。そして、この教育プログラムは、修士号まで持っている幼稚園の先生(児童心理学の専門家)1人につき6人に読み書きや歌などを教えると同時に、毎週1.5時間家庭訪問し、保護者に子どもへのかかわり方を「やってみせる」ことを特徴にしていました。

このことは、次の示唆を生みます。

すなわち、早期教育は、よく訓練された専門的な人と贅沢な関わり合いがあること、そして保護者も一緒になってその輪に入って協力する必要がある、ということです。そうした教育する専門家側とされる側である子ども&保護者が深く関わることが大切だということです。

教育を関係財で考える

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教育をする側とされる側の関わり合いが大事だというのは、他の経済学者の説明からも援用できます。それは、「関係財」という概念を援用することで、神戸大学の鈴木純氏が著書・論文で言及しています。これも、比較的新しい経済学のお話です。

以下、鈴木純「関係財と社会関係資本」(『国民經濟雑誌』収録)(2010)にある関係財概念を、噛み砕いて説明しますね。

普通、世の中の財(モノやサービスを含意します)は、それを供給する側(生産者側)とされる側(消費者側)に明確に分かれるはずです。例えば、自動車という財は自動車会社が生産者、我々が購入し運転を楽しむので消費者と明確に分かれますね。定型的なメニューがあるレストランのサービスも、レストラン側がサービス提供という名の生産者で、食べる側が消費者側ということで明確に分かれます。

しかし、関係財になると、この明確な区別が難しくなります。両者の関係性の中でサービスが生産され消費されるというのが関係財の概念です。これは教育サービスの特徴でもあるはずです。

たとえば、教育する側(供給する側)は事前に提供しようとしていたものがあっても、受け手側(消費する側)の理解度や様子でその提供するサービス(教育内容)を臨機応変にします。逆に、受け手側がはっきり要求することで供給するものが変化することもあります。

つまり、教育する側だけが生産に影響を与え、教育を受ける側だけが消費に影響を与えるわけではないですよね。両者で作り出しているわけです。したがって、教育は「関係財」と考えることができるわけです。

ということは、教育を「関係財」的に行っていない教育者がいたり、習い事機関だったりするところは避けないといけないことが分かりますね。

例えば、一方的な指導をするところ、プログラムが固定的で融通が利かないところ、子どもが楽しそうに通わないところは「関係財」が上手く産出されませんから避けた方がいいことになります。

逆に、「関係財」の算出を楽しむ人に習うと良いですね。受講してくる子どもとのやりとりを楽しみ、偶然(その日の子どもの様子など)を上手く活かして学びにつなげることに喜びを感じる人から習うことが大事になるわけです。恐らく、こうなるためには「ペリー幼稚園プログラム」のサービス提供者が修士号取得者のように、専門性を身につけないとできないので、先生の経歴もある程度は大事になるでしょう。また、子どもがよく先生になついていたり、行きたがったり、家で楽しそうに振り返っていたりしているのも望ましいでしょう。

まとめ~効果的な早期教育とは~

では、本記事の最後に効果的な早期教育を考えましょう。

一、早期教育において学ばせる内容をあまり将来有利になるという視点で選ばなくて良い

※学ぶ内容は、就学すればいずれ就学後に学んだ子どもと差はなくなるかもしれないからです。とはいえ、子どもがワクワクと前向きに取り組もうとしているものを選ぶことは、後で述べる「関係性」の構築にも必要となります。とりあえず、子どもが興味を持っていることにチャレンジさせることは問題ないと言えるでしょう。

二、教育する側の専門性と、熱心さ(子ども・保護者への関わり方が)は重視する

※考えている教育機関を事前に見学し雰囲気を見たり、どのように教える人が保護者と連携を築こうとし、楽しそうに子どもとのやりとりを語っているかだったりを確認しましょう。そして、触れ合いが多く、非認知能力の構築に資するか否か判定せねばなりません。

三、口コミ(ママ友の評判含む)よりも短期間の体験をさせよう

※口コミを書いたり良い評判を話してくれたりした人とは良い「関係財」の産出ができても、自分の子どもとは違うかもしれないからです。それよりは、子どもの態度を大事にしましょう。習い事に行きたがるか、教える人に会いたがるか、教える人に人間的な興味を持っているか、が大事になるでしょう。

 

いかがでしたか。

どこに力点を置いて早期教育に臨めばいいかを、近年の経済学研究からお伝えしました。

幼児教育無償化から家計の余剰分に良い早期教育を始めたい方の参考になれば、望外の喜びです。

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