教員採用試験対策 教職教養 西洋教育史③(18世紀)

教職教養(教員採用試験)

西洋教育史、第3回を始めます。学習のポイントは、西洋教育史の第1回をご覧くださいね。

重要度は、赤太字&黄色マーク赤細字・黄色マーク赤字黄色マークの順で重要です。

第3回は、18世紀ごろまでとなります。今回は、ルソー・ペスタロッチという頻出人物が登場しますよ〜。
絶対、おさえてくださいね!
それでは、本回もファイトしましょう‼

17世紀の背景(第2回参照)を説明する際、自然のままに観察するなどして科学を発展させてきたと申しましたが、そういう部分の影響はインテリ層に限られるわけです。

まだまだ、庶民は知らない。

ならば、庶民にも教え広めなくては!=啓蒙しなくては、ということで、18世紀は啓蒙主義の時代と捉えられるわけです。

これは、教育にも大きな影響を与えますよね。教育は、理性を基にして、変な迷信に縛られない生き方に盲従している人間の解放や、あるべき人間の内面形成へと働きかけることができるからです。

例えば、『人間精神進歩の歴史』(←理性による進歩が普遍的な事柄であると理性尊重を打ち出している)を遺著として残すことになるコンドルセは、フランス革命期に「公教育の一般組織による報告書」を提出し、国民教育を公権力が担わなくてはならない(=教会などが担ってはならない)とし、科学的知識を重視する学校像を示しています。

さて、では18世紀(一部19世紀始めまでかけて)の著名な教育思想家を3人紹介しましょう。もちろん、教員採用試験でよく出る方々です。

啓蒙主義の教育思想家① 〜 ルソー 〜

ジャン・ジャック=ルソー(Wikipediaより).jpg

ルソー(1712〜1778)・・・『人間不平等起源論』『社会契約説』『エミール

ルソーもロック同様、社会契約説で中学校の公民で出会う人ですね。もとは、音楽の家庭教師などをしながら読書をし思想形成した人物で、1752年に懸賞論文で「学問芸術論」を発表して以降、衆目が集まることになります。

この「学問芸術論」では、衒学的な知識と享楽的な文化が発展することで人間が本来持っているような素朴さのような美徳が失われていることが主張されています。そして、これを健全化するためには「自然の導きに従えば良い」と人間の内在されているものの可能性に言及しています。

わざわざ、この論文の趣旨を紹介したのは、彼の教育思想が書かれた『エミール』でも「自然のまま」がある種のキーワードだからです。すなわち、子どもが生まれながらに持つ善性を、自然のままに阻害することなく教育しましょうという消極教育がルソーの教育思想の根本にあります。

名言は、「自然に帰れ」です。あるいは、「万物の創るものの手を離れるとき、すべてはよいものであるが、人間の手にうつると全てが悪くなる」なんかも自然教育、消極教育を物語りますよね。

ところで、『エミール』では、大人とは異なる子どもならではのものの捉え方を理解し、不必要な教育を戒めているので、全く教育しないわけではありません。また、子どもの成長過程に目配せした彼のこの考えからも、ルソーは「子どもの発見者」と言われています。この点も、キーワードになりますね。

啓蒙主義の教育思想家② 〜 カント 〜

イマヌエル・カント(ウィキペディアより)

カント(1724〜1804)・・・『教育学講義』『純粋理性批判』『実践理性批判』『判断力批判』

「経験だけじゃいカント〜」、「頭の中だけで考えるのもいカント〜」と経験論と合理論を統合する批判哲学を展開されたカント先生(←哲学詳しい方、ざっくりしすぎなのを怒らないで下さい)。

教育史でも、いカント〜の精神が反映された箇所が出ます。名言「人間は教育されなければならない唯一の被造物である」や、「人間は教育によってのみ人間となることができる」です。教育への眼差しが分かりますよね(要は、教育しないといカント〜ですよね)。

これは、カントが哲学で展開した、理性から打ち立てられた道徳法則に従う(=自律できる)主体としての人間、そういう人格的完成を目指して努力する人間、になるためには教育が必要だと述べているわけです。

ちなみに、カントは、教育の必要性を述べていますが、ルソーの人間の善性についても影響を受けています。ルソーの項目で述べましたが、ルソーの消極教育は無教育ではありませんからね。たまに、キーワードだけ覚えて、キーワード的に対立しそうだから、ルソーの影響をカントは受けていないみたいに判断する方がいます。キーワードは丸暗記でなく、どのような文脈で述べているかという意味をよく理解しておきましょう。

啓蒙主義の教育実践者たち 〜 汎愛派 〜

汎愛派にも言及しておきます。

これは、バゼドウ(1723〜1790)が開校した汎愛学院に集まった教育者のことを指します。ドイツ(当時は神聖ローマ帝国)のおけるルソーの影響として語られる教育展開を見せたことで知られています。

したがって、子どもの歩みに即した教育を提唱しています。詰め込み教育や体罰ではない方法を重んじたということですね。他方で、教育には個人の幸福とともに国民の福祉が実現するための手段という観点もあるため、現実主義的な教育内容も入りました。具体的には身体訓練、近代語、数学、物理など実学を重んじています。

汎愛派で有名なのが、ドイツのルソーと呼ばれた、ザルツマンですね。『蟻の本』『蟹の本』というタイトルくらいは知っておきましょう。

啓蒙主義の教育思想家③ 〜 ペスタロッチ 〜

ペスタロッチ(1746〜1827)・・・『隠者の夕暮れ』『リーンハルトとゲルトルート』『立法と嬰児殺し』『シュタンツ便り』『ゲルトルート教育法

日本でも広島大学にペスタロッチ賞が設けられているように、優れた教育実践者の代名詞的な存在がペスタロッチですね。明治日本が最初に輸入した教育理論もペスタロッチ系のものでした(日本教育史第3回参照)。では、彼の教育業績を振り返っておきましょう。

彼は、若い頃、農園経営を通じて貧民救済を試みました。しかし、それが経営的に失敗すると、孤児院での教育実践や著作活動に入ります。そこで行われる、基礎から高度な内容を教えていく系統性や直観教授、労作教育は大きな影響を後世に残すことになります。

⇒1780年の『隠者の夕暮れ』には、家庭教育が重要・人の成長には自然の道がある(ルソーの影響)が述べられていますが、教採的には冒頭の言葉「玉座の上にあっても、木の葉の屋根の蔭に住んでも、本質において同じである人間、彼はいったい何であるか」という部分が頻出です。

この言葉が出たら、ペスタロッチと、しっかり暗記しましょう。

⇒1781〜87年の『リーンハルトとゲルトルート』は小説の形式を取りながら、生活困難な中にいる子どもたちには、そこから抜け出すためにも教育や環境改善が必要だということが述べられており、労作教育の大切さが分かります。

⇒1801年の『ゲルトルート教育法(*=ゲルトルートはいかにその子を教えるかの場合もあり)』では、Head、知)・臓(Heart、心情)・Hand、体)の発達が規定されている人間を、自然に適合的な形で発達させ、その3つを調和させなくてはならないと主張しています。この考えを3H’sといいます。また、曖昧な直感的なものを明確な概念へ教える直観教授を提唱しています。

ペスタロッチ(ウィキペディアより)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ペスタロッチになると、各本の色々な話がしたくなりますが、それをぐっとこらえてました(笑)。枠内が教員採用試験に出るところです。しっかりおさえておいて下さいね。

次回(第4回)は、19世紀の教育です。お楽しみに〜

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